s'il vous plait
「いらっしゃいませ〜」
笑顔で接客三日目。
ようやく挨拶には慣れてきた。
「ご注文お決まりになりましたらお声を掛けて下さい」
「いいかしら?」
「はいどうぞ」
「このタルト・オ・フレーズを二つ」
「はい」
「タルト・オ・ポムが一つ」
「はい」
「サヴァランが二つ」
「はい」
「ヴァレンシアが一つでお願い」
「はい。かしこまりました」
頭の中は呪文のようなメニューが駆け巡る。
必死でとったメモには『たふれ2たぽむ1さば2ばれ1』と書いてある。
なんでケーキの名前ってフランス語なのよ!
と文句を言いたい。
それでも笑顔で接客。
もうすぐあの人が来る時間だから。
s'il vous plait
「いらっしゃいませ!」
「こんにちは〜。
新作出たっていうから来ちゃいました。」
常連さんである彼は週に2回は必ず来る。
勤め始めての私とは店員としては初対面になる。
「やぁ総司。さっそく来たね」
「山南さ〜ん♪んもうすっごく楽しみにしてきたんですからっ!」
今日も彼は甘い物に夢中のよう・・・
彼の存在を知ったのは三ヶ月位前。
たまたまこのお店のパティシエと付き合ってる友達にケーキの焼き方教えてと駄々をこねたら、
材料も機械もあるお店で作ればいいって言われたのvとお店に連れてこられた。
大・大・大好きな兄のバースデーケーキを作る為。
初めてだけど一からちゃんと作りたいと我が侭を言ったせいか、明らかに私の作ったケーキは不味そうだった。
一緒に作った友達のはすごく上手に出来ていた。
「うちはよくお菓子作ったりするから」とフォローしてくれたけど、それでも私のケーキは美味しそうには見えない。
それでも山南さんが一応試食はするべきだとプロの顔で言った。
そうすれば次にどこを直せばいいか分かるはずだと教えてくれた。
お店の隅のテーブルで友達と一緒に食べてみた。
やっぱり不味かった。
がっかり落ち込む私に声を掛けてきた(?)のが彼だった。
「これ、新作のケーキですか?」
俯いた顔を上げると彼は笑顔で私の顔を見ていた。
「あ、違うんです。これは失敗作で・・・」
「食べてみてもいいですか?」
そう言うと彼は私の返事を聞く前にケーキをパクパク食べ始めた。
「美味しくないですよね・・・?」
「う〜ん、確かにまだまだって感じですね」
やっぱりそうだよね、と再び落ち込む私に彼が言った。
「でもこのケーキはあなたが心を込めて作ったケーキでしょう?美味しい美味しくないは二の次だと思います」
ニッコリ笑って空になった皿をテーブルに戻す。
嬉しくて、涙が出た。
「え!?大丈夫ですか?」
違うと言いたいのに言葉が出ない。
彼の言葉が嬉しくて嬉しくて涙が止まらなかった。
そしてなかなか泣き止まない私の頭をゆっくり撫でる彼の掌が暖かくて優しかった。
恋に落ちた気がした。
それから私もこのお店に通うようになった。
どうやら彼がここのお店に来るのは月曜日と金曜日だけ。
私もその日を狙って店に遊びに行った。
そしたら気を利かせた友達が私の恋心を山南さんに話して
「だったらクリスマスシーズンにバイトしないか?」と言われた。
私は迷う間もなく「はい!」と返事をした。
「はい沖田さん。これが新作のケーキです」
「うう〜美味しそうです!では頂きます!!」
ちゃんと両手を合わせて食べるなんてえらいなぁなんて思ってるうちにケーキが彼のお腹に消えていった。
あまりの早さに以前はちゃんと味わってるのか?と思ったが
「ホワイトチョコとピスタチオの相性抜群です・・・」
などど至福の顔でしっかり味を記憶するなんてすごい。
やっぱり甘味バカなのかしら?
「総司。今回のケーキはどうだったかな?」
「んも〜山南さん天才です!すごく美味しかったですよ〜vv」
2人で新作のケーキの話を始めると私はお役御免だ。
もうちょっと話したかったな、なんて思うのはわがままかな。
「そうだ。総司、お前に頼みがあるんだ」
「なんですか?」
「今年も頼まれてくれないか?土方君には私からもお願いしておくが」
「ああ、もちろんですよ。ちゃんと予定空けてありますから」
「ふふっ、お前が予定を入れれるとは思えないがね」
「失礼ですね、土方さんも山南さんも」
「おや?そうかい?じゃあ今年は予定が合ったのかな?」
「・・・ないですけど」
「じゃあ今年もよろしく」
「その代わりご褒美は沢山もらいますからねっ!」
「はいはい」
沖田さんと話終えた山南さんがこっそり耳元で教えてくれた。
『総司に彼女はいないみたいだよ』
沖田さんに彼女はいない。
それって・・・
「神谷さん」
「ははは、はいっ!」
突然声を掛けられて変にどもってしまった。
恥ずかしくて顔をまともに見れない。
くすくすと笑いながら沖田さんが言った言葉。
「クリスマス、一緒に頑張りましょうね」
その言葉を理解したのは彼が帰ったあとだった。
金曜日の夕方、今日もバイト。
それでも今日は沖田さんが通いに来る日だと思うと足も軽い。
『クリスマス、一緒に頑張りましょうね』
あの言葉は私に絶大のパワーを与えてくれた。
沖田さんがフリーだという事と、
今年のクリスマスは沖田さんと過ごせる。
仕事中だけでも嬉しい。
高校に入って友達にもどんどん彼氏が出来て、正直少し寂しかった。
なんだか一人取り残されたような気分だった。
お兄ちゃんがいるからいい!とか強がってたけど
お兄ちゃんに彼女がいるって分かった時はすごくショックだった。
だから今年の誕生日に無謀な挑戦をしたのだったのだけど、
そのおかげで沖田さんと出会う事ができた。
今まで人を好きになった事はある。
でもこんなに好きになったっけかなとも思う。
『特別』としかいいようがない。
「おはようございます!」
裏口からお店に声を掛ける。
「おはよ〜神谷。
相変わらず元気だね」
「はい!今日も頑張ります」
「ははっ!じゃあ元気な神谷にいい事教えてあげる」
そう言って見習いパティシエの藤堂さんがこっそり耳打ちしてきた。
「今、事務所に総司来てるよv」
「なんあななんんあな」
「神谷、何言ってるか分かんないよ?」
「なんで知ってるんですかぁ!?」
「神谷見てればみんな分かると思うけど?」
そんなに私って判り易い?!
それじゃあ本人だって・・・
「ああでも総司はものすごく鈍いから気付いてないだろうけど」
やっぱり、と思わず肩をガックリ落とす。
薄々気付いてはいたのよ。
もしかしたら沖田さんはすっっっごく鈍いんじゃないかって。
バイトをしてから気付いた事。
実は沖田さん目当てのお客さんが何人かいる事。
沖田さんに話しかけて甘味バカっぷりを見てひいた人もいる事も知ってる。
それでも何人かまだ頑張っている。
それを見るたび、嫉妬と共感が入り混じる。
話しかけて欲しくないとも思うのに、本当に好きなんだなとも思ってしまう。
それなのにそんな素振りにちっとも気付かない沖田さん。
天然なのかなんなのか。
たまにその態度にイライラしてしまう。
それでも沖田さんに会いたいと思う私。
重症だな、と自分でも思ってる。
「あ、神谷さん」
背後から声を掛けられる。
沖田さんだ!と振り返るとそこには沖田さんがいた。
真っ赤な服を着ているけど。
「似合います?」
ご丁寧に白ヒゲまで着けた沖田さん。
「総司似合い過ぎ〜!!!」
藤堂さんは大爆笑している。
「失礼ですね〜。これでもモテモテなんですよ」
ヒゲで隠れ気味の口を尖らせて拗ねてみせる。
「知ってるよ。去年もモテモテだったもんな〜」
「「お子様達にvv」」
沖田さんの後ろから山南さんの声と藤堂さんの声が仲良くハモる。
「いいんです!私は子供大好きだから!」
ねえ、神谷さんと突然話を振られて思わず
「はい!とってもお似合いです!」
と在り来たりな答えを返してしまった。
実は全然違う事を考えていたのに。
沖田さんと隣同士に立ってビックリした。
こんなに背が高かったんだ。
前に会った時は私が座っていたり、
沖田さんがケーキを買う時は前屈みが多い。
改めて『沖田総司』という人を知る。
「ほらほら、皆ちゃんと仕事に戻りなさい」
山南さんの声ではっと我に返る。
私は急いで制服に着替えにいった。
「総司、今日はまだ遊んでいくかい?」
「いいですか?」
「お前のお目当ては、コレだろう?」
「山南さん・・・大好きvv」
着替え終わってまず目にしたもの。
今年発売予定のケーキの数々。
そしてそれを凄い眼差しで見惚れる沖田さん。
「残念だけど閉店までのお楽しみだよ」
そういって全て冷蔵庫へケーキは収まる。
沖田さんが名残りおさげにその姿を見つけている。
そして時計を見てはカウントダウンを始めた。
そうしてようやく閉店時間を迎える頃には沖田さんは冷蔵庫の前でカウントダウン。
どこ好きになったんだっけ?とふと思った。
「美味しい・・・」
ああ、今沖田さんは天国へ行ってる。
目の前の美味しそうなクリスマスケーキと共に。
「ほら、神谷君も遠慮してると総司に全部食べられるぞ?」
「あ、いいですよ。それより私飲み物用意しますね」
「いいの神谷?本当に美味しいよ?」
「ほらほら神谷さん。早くしないと全部私が・・・」
「・・・ちょっと残しておいて下さい!」
そう言って紅茶を用意しに席を外す。
美味しいケーキを食べるなら美味しい紅茶を入れてあげたい。
そう思ってこの前山南さんに教わったばかりの入れ方通り紅茶を作る。
「これでいいはず・・・」
緊張しながら紅茶を持って厨房へ戻る。
「うん、美味しい」
合格だね、と山南さんが言ってくれた。
ほっと胸を撫で下ろすと沖田さんがケーキを差し出してくれた。
ちゃんと取っててくれたんだ。
「美味しいですよ?あ、神谷さんが入れてくれた紅茶も美味しいですからね」
とってつけたように言われてもと思ったけど、
本当に美味しそうに紅茶を飲む沖田さんの顔が見れてそれで十分だった。
「すっかり遅くなってしまったな」
時計を見るともう9時近くになっていた。
「総司、お前駅までだろう?神谷君を送っていってあげなさい」
「え!?」
「ああそうですね。
じゃあ神谷さん帰りましょうか?」
お店を出る時2人に言われた。
「「頑張れ」」
何を頑張れと?
一緒に帰るだけで心臓止まりそうなんですけど。
クリスマスが近くなって夜の街並は一層キラキラしていた。
そんな街並を歩く恋人達はお店の光るウィンドディスプレイを見ている。
綺麗な服が飾られていたり、クリスマス向けのアクセサリー。
幸せそうに眺めている。
その横をセイと総司は通り過ぎる。
寒いですね、とか在り来たりな会話をしながら駅に向かう。
内心何を話していいか分からないセイは緊張で暑いくらいだ。
会話が途切れそうになると総司が話題を話し掛ける。
うまく返事がしたいけれど、緊張で思考回路がうまく働かない。
そして総司がまたセイに話題をふった。
「そういえば女の子って綺麗な物が好きなんですか?」
総司は視線をウィンドディスプレイに向けながらセイに尋ねた。
「まぁ・・・嫌いな人は少ないと思います」
「そうですよね〜。困ったなぁ・・・」
「困る?」
「毎年毎年悩むんですよね。この時期になると」
その後も総司がなにか話し掛けてきたが、セイはあいまいに返事をした。
さっきの台詞が頭から離れなかった。
2人で歩く駅までの距離が遠く感じる。
それじゃまた、と言う総司の声が優しくて、セイは何も言えなかった。
自宅についてセイはついさっきの事を思い返していた。
「告白する前に失恋かぁ・・・」
ベットに横になりながら白い天井を見る。
じんわりと涙が出てくる。
けれど涙を拭く気にはなれない。
「思いっきり泣いたら、楽になるかな」
でも声を出して泣いたら家族が心配するかもと思い、
マクラを抱き締めて布団をかぶって、思い切り泣いた。
次に会う時も笑顔でいたい。
最後の時も笑顔でいたい。
笑顔でサヨナラするんだ。
泣きながらセイは自分の恋心に必死で語りかけた。
今日から冬休み。
そして街はクリスマスに浮かれている。
綺麗なイルミネーションも踊るサンタクロースも恋人達や家族連れに好評だ。
セイは世界に取り残されたような顔でバイトに向かう。
今日から週末の世界は幸せに溢れているようなのに
本当は楽しみで楽しみで仕方なかった今日からの三日間。
今は一日も早く過ぎて欲しいと願っている自分が悲しい。
「ダメだ!こんな顔してちゃお客さんに失礼!」
バチンと勢い良く両手で頬を叩いて気合を入れる。
―元々無理してバイトをお願いしたのだから、ちゃんとしなくちゃダメじゃない!
よし!と気合をもう一度入れ直し、店に入る。
「おはようございます!」
「おはようございます。神谷さん今日も元気ですね」
扉を開けたすぐ先に総司がサンタの準備をしていた。
セイの表情が思わず強張る。
頭の中にあの日の事が思い浮かんでしまう。
―忘れたいのに、どうしてこの人は優しく笑うのだろう
言葉を口にしたらきっと声が震える。
セイは無理に笑って口元を抑えて更衣室に逃げた。
(絶対変に思われた)
ずるずると床に座り込んで頭を抱える。
笑顔でいると決めたのに、総司の顔を見た途端この有様。
これで三日間過ごせるのか不安になる。
―少し泣いたら楽になるかな?
バイトの時間まではもう少しある。
このままもう一度顔を合わせたらきっと泣いてしまう。
膝を抱えてセイは声を殺して泣いた。
「セイちゃん、開けてもええ?」
聞き覚えのある京訛り。
「待って・・・まだ開けないで・・・」
涙声だと気付かれないように気をつけたつもりだったが、扉は盛大に開かれた。
そして手早く閉められた。
里乃の手によって。
「セイちゃん・・・なんで泣いてはるん?」
優しくセイの背中を撫でながら里乃が囁く。
その声があまりに優しくてセイは里乃の胸に飛び込んだ。
その扉の外で残された男性陣。
店に入ってきたセイは元気だったはずだった。
でもいつもとどこか様子がおかしいとは気付いた。
だが更衣室に入ってしまっては出てくるまで話しかけられない。
そこへタイミング良く来たのが里乃だった。
扉の中から聞こえてくるセイの小さな泣き声。
「神谷、何かあったのかな」
沈黙を破ったのは平助だった。
「総司、お前挨拶した時変だと思わなかったか?」
「・・・入ってきた時はいつもと同じでした。でも」
「でも?」
「私が話しかけた途端、表情が曇っちゃって・・・」
初めて見るセイの辛そうな笑顔と、それ以上に気になった事。
「視線、合わせてくれなかったんですよね・・・」
珍しく総司が落ち込んでいる。
不思議な物に遭遇したように2人は目を丸くした
。
こんなに落ち込んだ総司を見たのは
大好きなお菓子が売れ切れだった時くらいだった。
本当ならそれ以上聞くのは野暮だとは思うが、総司は恋愛事にすこぶる鈍い。
だからあえて聞いて自覚させた方がいいかもしれない。
2人は視線を合わせて山南は総司に話しかけた。
あなたの泣き顔なんて見たくないのに
あなたの辛そうな顔なんて見たくないのに
ただ笑っていて欲しい
そう願うこの気持ちはなんなのでしょう
初めて会ったあの日から不思議で仕方なかった。
山南さんのお店の片隅で美味しそうなケーキを前に悲しそうな彼女の顔。
それが何故か私まで凄く悲しさが移ってしまった。
彼女のそんな顔見たくない。
そう思っていたらいつの間にか彼女に話し掛けている自分に驚いた。
話し掛けてから自分の行動に驚いて、とりあえず話を続けなくてはと内心焦って
「食べてみてもいいですか?」と思わず口走った。
正直あまり美味しそうに見えないけど、きっと彼女が一生懸命作ったものなのだろう。
どうしても食べてみたくて彼女の返事を聞く前につい食べてしまった。
「美味しくないですよね・・・?」
「う〜ん、確かにまだまだって感じですね」
思わず正直な感想を言ってしまった自分に今では呆れる。
「でもこのケーキはあなたが心を込めて作ったケーキでしょう?美味しい美味しくないは二の次だと思います」
私にとっては、と言い出しそうになる。
思わず恥ずかしくなって照れ隠しに彼女の頭を撫でてみる。
何故か懐かしさを感じるこの感情はなんだろう。
そう思っていたら彼女が突然泣き出した。
私は何か気に障る事をしてしまったのだろうかと焦る。
「え!?大丈夫ですか?」
そう言うと彼女は頭を振って、
それでも泣き止まなくて、
そしたら俯いた彼女の表情から笑顔が少し見えた。
やっと笑った彼女の笑顔が綺麗だなと思った。
それから何回か山南さんのお店で会うようになって
彼女の名前を知って
彼女の笑顔を沢山知って
彼女から向けられるその沢山の表情に
私は暖かいけど不思議なその感情に気付かなかった。
山南さんのお店から初めて2人で帰った時、
あの日からどこかおかしくなった。
元来私はあまり気の利かないやつだと言われていて、
それでも頑張って話題を出したつもりだった。
そしてふと目に映った煌びやかなショーウィンドウ。
ああ、彼女に似合いそうだなと思った。
「そういえば女の子って綺麗な物が好きなんですか?」
「まぁ・・・嫌いな人は少ないと思います」
そういう彼女の顔は灯りに照らされて綺麗だな、と思った。
―そのままでも十分綺麗ですよ
何故かそんな台詞が頭に浮かんで恥ずかしさでパニックになる。
あまりの恥ずかしさでその後の会話など何を話したか覚えてない。
だけど別れ際の改札でおやすみなさいと手を振る彼女の笑顔が
酷く辛そうな笑顔だったのが、胸に残った。
そして今日、彼女は私を見てくれなかった。
小さく聞こえる彼女の泣き声が痛かった。
心臓がキリキリと締め付けられる。
早く泣き止んで欲しい。
私のせいなら何度でも謝るのに。
そう思うのに何も出来ない無力な自分に腹が立つ。
誰か彼女の涙を止めて欲しい。
こんな格好をしているのに偽者サンタクロースは何も出来ません。
歯痒い2人だ、と周りの人間は思っていた。
恋の自覚が持てない総司と
その総司の行動に振り回されるセイ。
想い合っているのに空回る。
恋は難しい。
それは大人であっても。
だから周りの人間がしてやれるのは、手を差し伸べる事。
「総司、お前まで泣きそうな顔をしているな」
「え?私・・・そんな顔してましたか?」
「ああ、お前が甘い物を食べれなかった時とかに見る顔だ」
「酷いなぁ。さすがに甘い物食べれないくらいで泣きませんよ」
冗談まじりに話し始めて総司の表情が少し和らいだ。
「じゃあどうしてそんな顔をしてるんだい?」
山南は相変わらず笑顔を絶やさぬまま総司を見つめた。
「それは・・・神谷さんが心配だから」
「そうだね。仲間が辛そうにしてるのは私達も辛いね」
「はい・・・」
「どうにかしたい。そう思うかい?」
「はい。私が力になれるのなら」
そうか、と言うと山南は急に事務所へ戻っていった。
「なんだったんでしょう?」
「さぁ?」
総司と平助は顔を合わせて首をかしげる。
山南とは長い付き合いの平助も山南の行動が分からなかった。
総司に恋の自覚を持ってもらおうという目配りはしたけど
あまり今の会話は的を得ていない気がした。
「ごめんね里ちゃん・・・急に泣き出したりして・・・」
「ええんよ。でも泣いたらスッキリしたやろ?」
「うん」
あれからどれくらい時間が経ったのか分からないが、
セイはようやく落ち着きを取り戻した
。
「みんなにも心配掛けちゃったよね・・・」
「ええんよ。たまには心配掛けさせた方がええん!」
里乃にしては珍しく強気発言が続く。
その綺麗な顔の額に青筋が見えるかもと思うくらいに怒っているらしい。
「もしかして、山南さんとなんかあったの?」
「うちの事はええの!」
やっぱりなにかあったらしい、とセイは思った。
こう見えても里乃は結構頑固なのだ。
こうなると里乃は手に負えなくなる。
それでも結局仲直りして、いつも通りの元鞘になる。
「うらやましいな」
「セイちゃん?」
「そこまで里ちゃんに思ってもらってる山南さんが羨ましい」
お互いを想い合ってるからこそケンカが出来る。
想い合わなければ何も始まらない事は知っている。
それなのにセイの恋心は始まりを知らずに終わろうとしている。
「セイちゃん。何があったかはこれ以上うちは聞かんよ。
でもな、このままのセイちゃんを見てるのはうちも辛いんよ」
「うん、ごめんね」
「謝るのも無し。せやから思い切って告白したらどない?」
「えええええええ!?」
「セイちゃん!声大きい!」
「だって突然里ちゃんが変な事言うから」
「変な事やおましまへん。女は度胸や。当たって砕けろ。そやろ?」
「・・・砕けるしかないんだけど」
「それでもええ。そしたらまたうちの胸貸したる」
あまりに凛々しい里乃の表情に思わずセイは笑ってしまった。
「里ちゃんてかっこいい」
「今頃気付いたん?」
2人顔を見合わせて笑った。
更衣室からセイと里乃が出てくる。
総司と平助は思わず安堵の溜め息をついた。
「ご心配掛けてすみませんでした!」
深々と頭を下げてセイが2人に謝った。
「いいんだよ神谷。もう大丈夫?」
「はい、大丈夫です。ところで山南さんは・・・?」
「事務所にいるよ。声掛けてごらん」
「山南さん、神谷です」
「ああ、どうぞ」
失礼します、と声を掛けながら事務所に入る。
山南はシフト表を確認中だった。
「先程はご心配かけてすみませんでした」
「いやいや。それより大分元気になったようだね」
「はい。里ちゃんのおかげです」
そうか、という山南の顔が冴えなく見える。
そういえばこの2人ケンカの最中らしい。
セイの視線に気付いたのか山南は無理矢理笑顔を作る。
「さぁそろそろ時間だろ?行こうか」
「あ、はい!今日もよろしくお願いします」
こちらこそ、と言って2人事務所を後にした。
23日と言えど、やはりクリスマスシーズンのケーキ屋は忙しい。
予約引渡しのお客様からイートインのお客様。
全てがいつもの何倍以上でセイは挨拶とミスが無いようにするだけで精一杯だった。
そして働いている時の方があまり考えずに済む、という事にも気付いた。
ふとお客が途切れた時、外の総司の姿が見えた。
楽しそうに子供達と話してる。
たまにヒゲを引っ張られたり、帽子をとられたりしている。
最近の子供は容赦ないな、と思わずセイは笑ってしまう。
そしてふと総司と視線が合った。
総司は優しく苦笑いをしていた。
『告白したらどない?』
さっきの里乃の言葉が頭に浮かぶ。
告白を考えた事がないと言えば嘘になる。
いつかは伝えたいと思っていた。
失恋確定とは言え、自分の気持ちを区切りを付ける。
でもさすがに今日する勇気はない。
明日も明後日もまた一緒に仕事をするのだ。
顔を合わせ辛い状況にはしたくない。
そうなると必然的に最終日、クリスマスに告白になる。
―クリスマスに失恋かぁ
そう思うと決意が鈍りそうになる。
溜め息をつくと背中をポンと叩かれる。
「お客さん来はるよ。
笑顔で接客がセイちゃんのセールスポイントやろ?」
「うん、そうだね」
里乃に言われて気分を切り替える。
いらっしゃいませ、と明るいセイの声が店内に響いた。
ピークもようやく終わり、時刻は6時を少し過ぎていた。
「神谷くん、お疲れ様。今日はもう上がっていいよ」
「え?いいんですか?」
「明日はもっと忙しくなるからね。
早めに帰って疲れを取りなさい」
「お気遣いありがとうございます。それじゃあお言葉に甘えて・・・」
「ああ、総司。お前も上がっていいぞ」
「あ、はい。じゃあお先に失礼します」
「ちゃんと神谷くんを送っていくんだぞ」
「え?あ、はい。じゃあ、あの神谷さん・・・駅まで送ります」
「あ、いえ、えっと・・・お願いします」
この間の帰りと違って2人は無言だった。
緊張とは少し違う。
2人の間に聞こえるのは街のどこかから聞こえるクリスマスソング。
セイは沈黙が痛かった。
そしてその沈黙を破ったのは総司。
正しくは総司の腹の音だった。
ぐ〜ぎゅるるる、と沈黙を破る盛大な音に思わずセイも笑ってしまった。
「さすがにお昼抜きはキツイですねぇ」
お腹をさすりながら顔を赤くして総司は呟いた。
「お昼休憩取らなかったんですか?」
「一旦外に出ると戻り辛いんですよ
。結構切れ間ナシに子供達も来るし」
「そういえばモテモテでしたね」
「「子供達に」」
総司がわざとハモって言った。
「いいです。私は子供大好きですから」
ちょっと拗ねた表情をする総司は年上に見えない。
こんな所も好きなのだと改めてセイは実感する。
さっきよりは話しやすい雰囲気になったせいか総司が話題を切り出した。
「でも子供でも女の子は女の子ですよね」
「何がですか?」
「姪っ子にクリスマスプレゼント何が欲しい?って聞いたら『キラキラしたもの』って言われたんですよ」
「姪っ子?」
「ええ、それで毎年毎年何がいいか悩んじゃって」
これってこの間の会話の続き?
セイは目を見開いて総司の顔を見る。
「小学生でも女の子なんですね〜」
「彼女にじゃなかったんですか?」
「は?」
総
司もセイの突然の質問に驚いた。
「私に彼女?!いるわけないじゃないですか〜」
いつもと同じ笑顔で総司が答える。
「第一彼女がいたらクリスマスにバイトなんてしないでしょう?」
そう、この前までそう思っていた。
じゃあやっぱり総司に恋人はいないわけで
「私にもチャンスがあるんでしょうか?」
「え?」
そこまで言ってセイは今自分が思わず口に出していた事に気付いた。
今頃口を押さえても遅く、ゆっくりと総司の表情を見る。
総司は呆然としていた。
「あ、あの!もうすぐ電車来るのでお先に失礼します」
一礼だけしてダッシュで駅の改札へ走る。
―あれじゃ告白と一緒じゃない!
電車に揺られながら自分の迂闊さを恨むセイの姿があった。
セイの突然の発言で思考回路が止まった総司はその場に立ち止まったままだった。
その間ずっとセイの台詞が頭の中でリフレイン。
頭がショート寸前になりそうになりながら総司は何故か携帯を取り出し、無意識の中ダイヤルした。
「おう、何のようだ?」
「土方さん!私にもチャンスってどうゆう意味ですかぁ?!」
結局総司は土方の家に行く事になった。
どうも携帯電話だと総司の言う事はいまいち事態が飲み込み辛い。
だったら来い!と土方に怒鳴られた。
一方、相談に乗る羽目になった土方もそろそろ連絡が来る頃だろうと思っていた。
昼間、久し振りに山南から電話が来た時は驚いたが、
話の内容を聞いてなお驚いた。
いつまで経っても中身が成長しない弟分が恋をしたらしい。
それなのに自覚を持ってないらしく今日あたり相談に行くだろうと連絡が来た。
「総司が困った時はきっと君の所へ行くだろうからね」
さも当然のように言われるのは癪だ。
「あのボケ、どこまで成長がねえんだか・・・」
総司の恋愛相談など未だかつて受けた事がない。
煙草に火をつけ、総司の到着を待った。
電話を受けてから30分ほどで総司が来た。
息を切らせて真っ赤な顔をしている。
寒い中走ってきたせいか、それとも相談内容のせいか。
どちらにしてもこいつにしては珍しい事だ。
土方はニヤリと笑い、総司を部屋に通した。
「んで?詳しく話してみろ」
どっかりとソファに座りニヤニヤしながら土方は総司イジリを始めた。
総司はまだ真っ赤な顔で先程の会話をなるべく正確に話し始めた。
「なるほどな。だいたい話の内容は分かった。
で、総司。てめえの気持ちはどうなんだ」
「私の気持ち・・・?え?どういう意味ですか?」
「どういうもこういうも、そいつが好きか嫌いかって意味以外あんのか?」
「・・・嫌いじゃないです。好きだと思います」
「じゃあ簡単じゃねえか。さっさとモノにしろ」
「土方さんが言うと下心って感じなんですけどー」
「同じだ同じ。下心もなんでもかんでも同じだ」
「もっと簡単に教えて下さいよぉ・・・」
「いいか総司。ようはきっかけなんだ。好きも嫌いもちょっとした事からなんだ。ただそれに執着するかしねえか。
それだけの事だ」
「執着・・・」
「ああ。ガキが親に強請るのと一緒だ。自分が他人に対して我が侭になる。それの延長線上のものだ」
「難しいです・・・」
「まだ分からねえってか。じゃあ聞くがお前はそいつに何を望んでる?」
―私が神谷さんに望むこと
「笑っていて欲しいです。ただそれだけ・・・」
「違うな。笑ってて欲しいって思うならその裏側を見ろ」
「裏側?」
「そうだ。どうして笑ってて欲しいのかを考えろ」
「・・・ちょっと考えさせて下さい・・・」
そうしろ、と言って土方はソファから立ち上がりキッチンへ向かった。
どうして笑っていて欲しいと願うか。
それは泣いてほしくないから。
傷ついてほしくないから。
それだけなのだろうか。
総司は目を瞑り、出会った頃からの事を思い出していた。
セイの事を思い出そうとする。
セイの笑顔
セイの声
全て鮮明に思い出せる。
セイの涙
自分はその涙を止めてあげれなかった。
何も出来なかった。
本当は自分の手で
突然、総司は閉じていた目を開けた
。
「どうだ?結論は出たか?」
「・・・分かりません」
「分からない、じゃねえ。
お前が口にするのを怖がってるだけだ」
土方にピシリと言われ、総司は二の句が告げれなかった。
土方の言う通り、総司は口にするのを躊躇った。
「言えよ。それが答えなんだろ?」
「触れたい、と思ったんです」
土方は想像以上の答えに思わず飲んでいたお茶を噴出した。
「もっと傍にいたいとか抱き締めたいとか、なんていうんだろう・・・」
体は正直なのに頭が追い付かないほど感情が鈍いとは、
さすがの土方もここまで弟分が野暮だとは思ってなかった。
そこでようやく山南の策略にはまったのだと気付いた。
―ちきしょう!俺にそこまで教育しろっていうのかよっ!
恐らく、総司がもう一人尊敬してやまない彼がいても同じ事を土方に任せただろう。
土方は覚悟を決めて総司にその感情の名を教える事にした。
どんなに祈っても時間は過ぎる。
うるさく響きわたる目覚まし時計の音で睡眠不足のセイは目を覚ました。
昨日ほど自分の行動に呆れ果てた日は無かった。
総司と顔を合わせたくない。
昨日とは別の理由で。
―私にもチャンス・・・
思い出しては顔から火が出そうだ。
黙々と着替えてはいるが、思考回路は昨日の事ばかり。
顔を振って思い出すまいと思っては浮かんでくる呆然とした総司の顔。
それならいっそちゃんと告白すれば良かったと思えて仕方ない。
「どんな顔して会えばいいのよ〜」
どっちにしても総司の出方次第なのだから悩んでいても仕方ない。
昨日から自分にそう言い聞かせても、心臓の音は鳴り続けていた。
店の裏口まで来て、扉を開ける前に心の準備をする。
昨日は開けてすぐに総司の姿があった。
今日は姿を見ても動揺しない。
いつも通り元気にする。
最後に掌に人の文字を三回書く。
そして飲み込む。
「何してるんですか神谷さん」
ゴックンと飲み込んでなければ大声を出したかもしれない。
セイはそのくらい突然声を掛けられ驚いた。
「懐かしいですね。
緊張しないおまじないでしたっけ」
いつもと変わらぬ表情の総司になんとなくセイは気が抜けてしまった。
―昨日の事、もしかして分かってない?
以前から鈍い鈍いとは思っていたけど、あの台詞も理解してなかったのか。
そう思えてしまう位、総司の態度はいつもと同じだった。
そう思ったら気が楽になった。
少し寂しくもあったけど。
「あの、神谷さん」
「はい?」
少し気の抜けた返事を思わずしてしまった。
それくらい脱力したのだ。
緊張して損したな、とセイが変わらず気を抜いてる最中に総司が言った。
「今日、一緒に帰りませんか?話があるんです」
それじゃお先に、と言って総司は店へ入っていった。
セイは固まっていた。
―話があるんです
一度抜け切った緊張がまた戻ってくるのが分かる。
お店が終わるまであと9時間以上。
セイは無意識の中、店へ入っていった。
店に入ってきた時の総司とセイは対照的だった。
総司は異様な明るさで、
セイは心ここにあらずの様子。
里乃と平助は心配していたが、
唯一、総司の状況だけは土方から連絡の来た山南は平常心だった。
土方から電話がきたのは深夜遅かった。
『やってくれたな山南さん』
「ハハッ、その様子だとなんとかなったのかな?」
『ああ!?とりあえず馬鹿に説教はしたやったからな!』
「というと総司はもう恋してる自覚を持ったと思っていいのかな?」
『・・・多分な。あとはヤツ次第か、その神谷って女次第だろう』
「そうか・・・なら明日の営業に支障は無さそうだね」
『しかし神谷って女もおもしれえな』
「そうかい?元気で明るい優しい子だよ」
『今時、私にもチャンスがありますか?なんて聞く女いねえぞ?』
「そんな事神谷くんが言ったのかい?!」
『帰りがけに言われたらしい。まぁおかげで話が早く済んだがな』
「・・・明日が楽しみになってきたよ」
『あんたもそこそこいい性格だな』
「君には負けるよ。わざわざ連絡ありがとう。すまなかったね」
『俺は!別にあんたんとこにあの馬鹿が面倒起こさねえようにしただけだ!!』
「そうだね。ありがとう」
『次は知らねえからな!あの馬鹿にも言っといてくれ!』
相変わらず土方くんらしい口調だったな。
2人がうまくいってもきっと彼はまた相談に乗るのだろう。
なんだかんだいって世話焼きなのだから。
「さて、今日は一年で一番忙しい日だ。頑張るか」
自分なりの気合を入れて山南は厨房へ向かった。
案の定、朝から大繁盛大盛況の店内は騒がしかった。
だがセイにはそのおかげで朝の事をすっかり忘れさせてくれた。
目まぐるしく時間が過ぎていき、時間の確認も出来ないほど。
正に戦場、そんなケーキ屋には不釣合いな言葉が似合うくらいの状況。
交代交代で短い休憩を取りながら乾いた喉を潤す。
朝から喋りっぱなしの喉にこんなに水が美味しいと初めて知った。
ふと表を見ると昨日と同じ、総司が子供相手に奮闘している。
ついうっとり見惚れてると朝の総司の台詞が甦る。
「ダメダメ。仕事が終わるまで考えない!」
パチンと頬を叩き気合を入れて、セイはまた戦場へ戻った。
それからの時間はあっという間で
目の前のお客様で本日最後の営業。
張り付いた笑顔で挨拶する。
「ありがとうございました」
深々と頭を下げてお客様を見送る。
ショーケースの中身は空っぽになった。
それを見た瞬間一気に気が抜けてしまった。
隣を見ると里乃もへたりこんでいた。
2人顔を見合わせて、笑ってしまった。
「お疲れセイちゃん」
「里ちゃんもお疲れ様」
2人とも変にハイテンションで笑いが止まらなかった。
「2人とも最後までお疲れ様」
「早く厨房おいでよ〜」
山南と平助が厨房から手を振っている。
セイと里乃は手を取り合って厨房へ向かった。
「さて今日はお疲れ様でした」
「山南さぁん!焦らさないで下さいよぉ!」
「はいはい。では明日はクリスマス本番。気を抜かないように」
「山南はん」
「はい・・・では今日はお疲れ様。メリークリスマス」
「メリークリスマ〜ス!」
厨房には一つのワンホールのケーキ。
平助がコンビニで買ってきたお子様シャンペン。
それをみんなで食べた。
楽しくて、セイは朝の出来事をスカッと忘れていた。
「じゃあセイちゃん!また明日な」
「おやすみ里ちゃん!」
あ〜よく働いた!
セイは気持ちいい満足感に浸っていた。
「神谷さん」
「あ、沖田さん。お疲れ様でした」
「あ、はい。お疲れ様です。・・・って神谷さん!」
「はい!」
「・・・今日一緒に帰りましょうって言いましたよね?」
「・・・・・・・・・あ!」
「やっぱり忘れた・・・」
はぁ、と総司は溜め息をつく。
セイもすっかり忘れていた事と昨日の事が一気に思い出した。
「あ、えと、その・・・話って・・・やっぱり・・・」
「その前に・・・場所、変えませんか?」
ちょっと視線が気になって、と言われてぱっと振り返る。
振り返った先には3人の姿。
野次馬三人の笑顔に気付いて、セイは急に恥ずかしくなった。
「行きますよ」
そう言うと総司はセイの手を掴んで走り始めた。
「ちょ、ちょっと待って。沖田さん!」
店から走り続けてセイの呼吸も荒い。
ようやく総司もその様子に気付いて、走るのを止めた。
「あ、ごめんなさい。つい夢中になっちゃって・・・」
そして手を繋いだままの事に気付いた。
繋いだ手が熱いのに、セイの温もりは心地よかった。
初めて感じるセイの体温をもっと感じていたい。
土方が昨日教えてくれたこの感情の名前は『恋』
言わなくては、と思いながらも一度沈黙が始まってしまうとそれを破る勇気が出ない。
それでもこの繋いだ手を離す気にはならなかった。
それはセイも同じ気持ちだった。
沈黙が痛い、けど手は温かくて離したくなくて。
今日はちゃんと伝えよう。
そして沈黙を破ったのは
総司の腹の音だった。
一段と盛大に鳴った腹の虫でムードは台無し。
でもそれが可笑しくて2人して笑ってしまった。
今なら言える。
「好きです」
先に言葉にしたのは総司か、セイか、
その答えを一番に知るのは愛しい恋するあなただけ。